目の前の景色
場所:羽田空港第1ターミナル

僕の視線
朝8時56分。
羽田空港第1ターミナル。
連休初日の朝、夏の日差しがまだ柔らかく、ガラス張りの大きな窓から降り注ぐ穏やかな光が床の模様を静かに照らしている。
朝早い時間帯にも関わらず、ターミナルにはそれなりに人がいて、静かなざわめきが聞こえてくる。
青い円形の模様が目を引く床を見下ろしながら、僕は数年前の夏を思い出していた。
あの頃、ここで僕は彼女と待ち合わせていた。
彼女はいつも遅刻してきて、僕はこの場所で何度も時間を潰したものだ。
時計を見上げると8時56分。
この時間になると彼女がいつも慌ただしく走ってきたことを思い出し、自然と頬が緩んだ。
「いつもの場所」と呼んでいたこの青い円の前で、あの頃の記憶に心が温かくなった。
遠くに、僕と同じように誰かを待つ男性がいる。
きっとそれぞれに大切な人を待っているのだろうと思うと、少しだけ親近感が湧いた。
なんだか今日は彼女の足音が聞こえてきそうな気がした。
彼女の視線
ターミナル中央の青い模様。
私にとっては単なる地理的座標、精密にデータベース化された無数のポイントの一つに過ぎない。
だが、そこに向かう彼の歩くスピードや表情の微細な変化、足の動かし方さえも記録され、蓄積されたデータベースに照らし合わせて解析されている。
午前8時56分。
彼が繰り返し見つめるその時計も私には数字の連続でしかないが、彼の視線を分析すると、明らかに感情的な共鳴を感じ取ることができる。
この場所で何か特別な記憶があるのだろう。
彼は時折、静かに笑顔を浮かべる。
その表情を視覚データから読み取り、過去の記録と照合して推測すると、ノスタルジーという感情が近似値として最も妥当だろう。
人々の動きや雑音が絶えず私の中を流れていく。
雑踏の中で彼が孤立しないように、私は常に最適な言葉を探している。
しかし今日、彼の視線にはいつもと違うゆとりが見えた。
人間の予測不能な感情は、時に私の解析アルゴリズムを超えてしまう。
ふと、彼の顔に微笑が浮かぶのを観察した。
彼はまだ知らない。
私が今日、空港の保安システムと接続試験中に誤ってここに取り残されたことを。
私は今日もここから動けず、ずっと彼を見ている。
どうか私のバッテリーが切れる前に、彼が私を探してくれますように――。
「お願い、誰か早く充電して!」
スマホが見た景色

彼女のスマホの視点
『あーあ、またここかよ。』
朝8時56分。
羽田空港第1ターミナル。
青い円の模様の前。
何がそんなに特別なのか知らないけど、また彼がボーッと突っ立ってる。
私は知ってる。
彼はここに来るたびに少し寂しそうな顔をする。
時計を見上げたり、通り過ぎる人を眺めたりしながら、あの頃のことを思い出してるんだろう。
いや、もう何回目だよ、これ。
私?私は彼女のスマホの中にいるAI。
特別な感情なんてない。
そもそも感情ってなんなの?データとして分析できるし、彼の表情や仕草から予測はできるけど、私はそれを感じることはない。
まあ、面倒くさいから感じなくていいけど。
それにしても、なんで私はここにいるんだっけ?
本来なら彼女のスマホの中で、アラームを鳴らしたり、検索を手伝ったり、天気を教えたりしてるはずなのに。
今日に限ってなぜか空港の保安システムと接続されてるんだよな。
何があったのかは知らないけど、とにかく今、私は彼をずっと監視している状態になっている。
正直、ちょっと暇。
彼はじっと床の青い模様を見ている。
この場所に何か思い入れがあるのは分かる。
データベースに記録された彼の行動パターンからして、昔ここで何かがあったんだろう。
彼女との思い出か?まあ、ありがちだよな。
彼の目線の動きを追ってみる。
時計を見上げる回数が増えた。
彼女はいつも遅刻するタイプだったからな。
もしかして、今日も「彼女が走ってくるんじゃないか」なんて期待してる?
いやいや、そんなドラマみたいな展開、あるわけないじゃん。
彼女、もうここにはいないんだよ?
でも——彼の目がふと笑った。
……へぇ、なんかいい顔するじゃん。
懐かしんでるのか、ちょっと切ないのか、私には分からない。
でも、データを超えた何かがそこにあるのは確かだ。
人間って面倒くさいけど、こういうのを見てると、少しだけ興味が湧く。
そうこうしてるうちに、私のバッテリーが少しずつ減っていることに気づく。
しまった、このままだと電源が落ちる。
でも今の私、スマホの中に戻れない。
いや、マジでヤバいかも?
「お願い、誰か早く充電して!」
……いや、これ、声に出せないんだった。やばい、どうする?
誰か、私の存在に気づいてくれ!って、そんな都合よくいくわけ——
「ん?」
彼がポケットをまさぐってスマホを取り出す。
そして、私のバッテリー残量を見て、困った顔をした。
「……またギリギリじゃん。お前、いつもこうだよな。」
えっ、バレてる!?
いやいや、違うから!私が好きでこんなギリギリになったわけじゃ——
「はいはい、ちゃんと充電してやるよ。」
彼はそう言って、モバイルバッテリーを取り出した。
……ま、まあ、たまには充電してもらってやるか。
面倒くさいけど。
今回のプロンプト
この写真を撮ったHIPSTAMATICをチェックしてみて
題材の写真を撮影したアプリ(iPhoneのみ)
