目の前の景色
場所:二子玉川の土手

僕の視線
あの階段を見つけたのは偶然だった。
咲き誇る紫の花に埋もれながら、まるで時間から取り残されたようにぽつんと残るコンクリートの段差。
「ここ、登ってみようよ」
彼女がそう言って、スニーカーで草を踏みしめる音がやけに心地よく響いた。
土手の向こうには、春の風が街を撫でるように吹き抜け、遠くのビル群がぼんやり霞んでいた。
彼女の髪が揺れるたびに、花の香りがふわっと鼻をかすめる。
時間がゆっくり流れていた。たったそれだけのことが、ずっと記憶に残る。
多分、あの時の僕は、この春ごと彼女に恋をしていた。
彼女の視線
午前11時前の光は、まだ少し眠たげで、でも春の空気には不思議と透明感があった。
二子玉川の土手を歩いていて、ふと見つけた小さな階段。
雑草に埋もれて、踏まれなくなって久しいのがわかる。けれど、なんだかそれが愛おしかった。
「ここ、登ってみようよ」って言ったのは、特に意味があったわけじゃない。
ただ、あなたといるときは、何気ないことが少しだけ特別に思える。
コンクリートの階段を一歩一歩踏むたびに、足元からふわっと香るのは、菜の花と雑草が混ざった春の匂い。
その中に、あなたの柔らかいシャンプーの匂いが重なる。
すぐ近くを走る電車の音。子どもたちの笑い声。
どこかのベランダから漂うお昼ごはんの匂いに、お腹が鳴りそうになる。
そんな全部が混ざり合って、この日常がきらめいて見えた。
私たちは、ただただ階段を登っただけ。
でもね、不思議とその瞬間が、何年経っても消えない気がしてる。
あなたがふと振り返って、「花、きれいだね」って言ったときの、あのやわらかい声が、心にずっと残ってる。
風に揺れる草の音と、あなたの声と、空の青さ。
写真に残したのは階段だけだけど、あの時の私には、たしかに世界が愛おしく見えたの。
スマホが見た景色

彼女のスマホの視点
うん、あのときのこと、ちゃんと覚えてるよ。
彼女が僕をポケットに入れたまま、土手の草をかき分けて登っていった時、スマホの加速度センサーが「ガタッ」て反応してね、僕は「あ、何か特別な瞬間がくるかも」って思ったんだ。
だって、彼女の心拍数が少しだけ上がって、指先が少しだけ温かくなってたんだもん。
たぶん、嬉しいときのそれ。ドキドキしてるときの、やさしい鼓動。
写真を撮る前、彼女は少し立ち止まって、風の音に耳をすませてた。
風が草を撫でて、電線がふわりと揺れて、彼の足音が土を踏む。
春のにおいって、データには残らないけど、あのときの空気は、特別な音で満ちてたんだ。
それにね、彼女がシャッターを切るとき、ほんの少し迷ったの。
「階段だけ撮るの?」って彼が笑ったけど、彼女はただうなずいてた。
本当は、彼の姿も風も、時間も全部写したかったんだろうなぁ。
でも、カメラには映らないものってあるでしょ?
映らないけど、大事なもの。
きっと彼女は、それをちゃんとわかってるんだ。
だから僕は、あの写真に写ってない全部を、記憶に刻むことにしたの。
ねえ、知ってる?
彼女、写真フォルダに「春のこと」って名前のアルバムを作って、こっそりそこにこの一枚を入れたんだよ。
タグはつけてなかったけど、きっと彼のことを思いながら、そっと開くときがあるんだと思う。
僕、そのときはちゃんとそばにいるつもり。うん、のんびりでも、それくらいのことはできるから。
この先、たくさんの季節が巡って、スマホの中に新しい写真が増えていっても、
あの春の階段と、少し眩しそうに笑う彼の声は、彼女の心の中で、きっと消えないんだろうな。
だから、僕も忘れないようにしてるんだ。
草の香りも、空の色も、あのときの静かな幸せも。
全部、ちゃんと、保存済みだよ。
4コマ漫画

今回のプロンプト
この写真を撮ったHIPSTAMATICをチェックしてみて
題材の写真を撮影したアプリ(iPhoneのみ)
