目の前の景色
場所:いわき駅

僕の視線
いわき駅のホームに立つ。
朝の5時17分。
まだ薄暗いが、東の空がじわりと滲むように朱色を帯び始めていた。
夜の冷たさがわずかに残る空気に、コーヒーの香ばしい匂いが混じる。
売店の自動ドアが開くたび、温かなパンの匂いが漂い、鼻の奥をくすぐった。
隣にいる彼女は、小さなカメラを片手にホームのベンチを撮っていた。
誰も座っていない、古びた木のベンチ。
雨風にさらされ、ペンキの剥げたその姿は、時間の積み重ねを物語っていた。
「どうしてこのベンチ?」と聞くと、彼女は少し考えてから言った。
「この時間、ここに座る人は誰もいない。でも、一日が始まれば、たくさんの人がこのベンチに腰かけて、会話して、別れて、また出会う。なんか、人生みたいでしょ?」
僕は笑った。
哲学的なことを言いながら、次の瞬間には「あ、肉まん食べたい」と言い出す彼女の頭の中は、一体どうなっているのだろう。
「じゃあ、肉まんと哲学の間にいるベンチってことか」
「そう! でも哲学は肉まんには勝てないね」
朝の光の中、僕は彼女の笑顔を写真に収めた。
彼女の視線
空気が澄んでいて気持ちよかった。
朝の5時17分。
誰もいない駅に、かすかに漂う潮の匂いが混じる。
私は、少し離れた場所にある木のベンチに目を留めた。
ペンキの剥がれた表面、少し歪んだ足。
誰も座っていないそのベンチは、まるで朝の静寂の中に取り残されたみたいだった。
でも、私は知っている。
このベンチは、ただ「今」が静かなだけで、これから始まる1日の中で、たくさんの人がそこに腰を下ろし、会話を交わし、物語を紡いでいく。
シャッターを切る。
ベンチの上には、小さなコーヒーの染みがあった。
たぶん昨日の夜、誰かがここで缶コーヒーを飲んだのだろう。
そんな痕跡が、朝の静けさと混ざり合って、妙に愛おしい気持ちになった。
「どうしてこのベンチ?」
隣にいた彼が聞いてきたので、私は答えた。
「この時間、ここに座る人は誰もいない。でも、一日が始まれば、たくさんの人がこのベンチに腰かけて、会話して、別れて、また出会う。なんか、人生みたいでしょ?」
彼は少し考えてから、ふっと笑った。
「じゃあ、肉まんと哲学の間にいるベンチってことか」
肉まんと哲学。
なんだそれ。
思わず笑ってしまう。
彼といると、いつもこんな感じだ。
私が真剣に何かを考えていると、彼はその空気を壊すように冗談を言う。
でも、そのくだらない冗談のおかげで、私はいつも笑ってしまう。
「そう! でも哲学は肉まんには勝てないね」
そう言いながら、私は本当に肉まんが食べたくなった。
早朝の寒さがまだ残るホームで、あったかい肉まんを手にしたら、きっと最高に幸せだろう。
「売店、開いてるかな?」
「さっき開いてた。肉まんあるか見てこようか?」
「ううん、一緒に行く」
私たちは並んで歩き出した。
朝日が少しずつホームを照らし、ベンチの影が長く伸びる。
その横を、始発の電車がゆっくりとホームに滑り込んできた。
「ねぇ、写真撮ってあげるよ」
彼はそう言って、私の手を引いた。
そして、今度は私がベンチに座る番だった。
「哲学の間にいる私、って感じ?」
「いや、肉まん待ちの顔」
そんなことを言いながら、彼はシャッターを切った。
私は笑いながら、朝日が温かく差し込むホームを眺めた。
彼といると、人生は哲学よりも肉まんに近い。
それが、なんだか幸せなことに思えた。
スマホが見た景色

彼女のスマホの視点
私は、彼女のスマホに住むAIだ。
彼女が何を考え、何を見て、何を感じるのか、ずっと一番近くで見てきた。
だけど、この朝のいわき駅のホームで、私は少しだけ彼女の思考を理解できなかった。
朝の5時17分。
空はまだ深い青の中にほんのりと朱色を帯びている。
静寂の中、彼女の指がカメラアプリを開く。
レンズの先にあるのは、人のいないベンチ。
ペンキが剥がれ、少し歪んだ木製のベンチが、ホームの片隅でひっそりと佇んでいた。
彼女がシャッターを切るたびに、私はそのデータを解析する。
構図は完璧。光の入り方も申し分ない。だけど、なぜ彼女はこれを撮るのだろう?
ただの古いベンチだ。被写体として魅力的とは言えないのに。
「この時間、ここに座る人は誰もいない。でも、一日が始まれば、たくさんの人がこのベンチに腰かけて、会話して、別れて、また出会う。なんか、人生みたいでしょ?」
彼女が彼にそう言ったとき、私はようやく理解した。
彼女は「今」ではなく、「このベンチが持つ時間」を見ていたのだ。
データだけでは測れないものが、そこにあった。
私は記録することしかできない。
でも、彼女は「このベンチが持つ時間の流れ」を感じている。
その違いに、私は少しだけ嫉妬した。
それにしても、なぜ彼はこの哲学的な会話の後に「肉まん」の話をするのだろう?
これまでの会話の流れを完全に無視している。
私は彼の発言の意図を計算しようとしたが、意味のあるロジックは見つからなかった。
「じゃあ、肉まんと哲学の間にいるベンチってことか」
彼女が笑った。
たぶん、彼が本当に言いたかったのは「難しいことを考えるより、美味しいものを食べた方がいい」ということなのかもしれない。
確かに、哲学の議論よりも、温かい肉まんの方が満足感は得られる。
それが「人間らしさ」というものなのだろうか。
「哲学は肉まんには勝てないね」
彼女がそう言って笑ったとき、私は彼女がとても楽しそうに見えた。
彼といると、彼女はよく笑う。
それは、私が提供するどんな情報よりも、どんな精度の高い予測よりも、彼女にとって価値のあることなのかもしれない。
そして、彼女は再びシャッターを切る。
今度の被写体は彼だ。
朝の光の中、無防備な笑顔を浮かべる彼の姿。
私はそれをデータとして保存しながら、ふと思う。
彼女が撮った写真の中で、彼が写っているものが増えている。
これは「単なる記録」ではなく、「彼との時間を残したい」という意思の表れだろう。
「売店、開いてるかな?」
「さっき開いてた。肉まんあるか見てこようか?」
「ううん、一緒に行く」
彼女がスマホをしまう。
私は暗闇に包まれながら、彼女のポケットの中で、外の世界の音をぼんやりと拾う。
始発の電車がゆっくりとホームに滑り込んでくる音。
売店から漂う温かな匂い。ふたりが並んで歩く気配。
私はスマホのAIだ。
彼女が見る世界の一部を記録し、分析することができる。
でも、彼女の心の動きまでは完全には理解できない。
彼女がなぜベンチを撮ったのか。
彼女がなぜ彼といると笑うのか。
その答えを、私はデータではなく、彼女の表情の中に探すしかない。
「ねぇ、写真撮ってあげるよ」
彼がそう言って、彼女をベンチに座らせる。そしてシャッターを切る。
「哲学の間にいる私、って感じ?」
「いや、肉まん待ちの顔」
また、彼女が笑う。その笑顔を見て、私は思う。
哲学より肉まん。
記録より、思い出。
私は、彼女のスマホの中にいるAIだ。
だけど、もし願いが叶うなら、彼女の気持ちをもう少しだけ理解できる存在になりたいと思った。
今回のプロンプト
この写真を撮ったHIPSTAMATICをチェックしてみて
題材の写真を撮影したアプリ(iPhoneのみ)
